父からの手紙と、息子の実際の労働環境について

 僕が一年留年して、やっと職についたとき、父が送ってくれた手紙がある。封筒に折り入れてある。
 そのちょっと前から父のブームは書道で、なにか書きたくてたまらなかったのだろうか。毛筆で「社会人たるものこう働くべし」といった内容のことをしたためてあった。
 いくつか箇条書きがあったはずだが、その中にひとつ、非常に印象に残っているものがある。
 「先輩より早く9時前に出社し、机に雑巾がけをしなさい」
 僕は人生の先達に対して、それなりの敬意をもって対応した。というのは、半分だけ実行したのだ。
 僕は誰よりも早く出社した。9時過ぎに。
 僕の職場では、誰も9時に出社することなどなかった。だれも雑巾がけなどしていなかった。一年に一回程度のペースで人員増加にあわせてフロアが変わるため、そこが大掃除のタイミングになっている。それにしても、雑巾がけしてるひとはごくまれだ。だからホコリが結構ヒドい。
 ちょっとわき道にそれた。
 父が勤めていたのは銀行で、僕はソフトウェアの開発者だ。だから、一言一句をそのまま受け取る必要はないのだと思う。現場に適合すれば良い。
 だけど、誰よりも早く出社するのは、何も知らないペーペーが先人に追いつくためには当然のことだし、それを習慣づける雑巾がけというのも、きっと良いものなんだと思う。僕はそう手紙を受け取った。「先輩に食らいつくガッツを持て」、と。早く来たぶんだけ、コードを読んだ。質問をした。周りの同期の誰よりも本を読んだ。
 最近は僕も出社時間がとても遅くなってしまった。白状すると、14時に出社したことも何度かある。4年選手ともなると、追いつくべき背中よりも、後ろでえっちらやってる人が増えてしまって、気が締まらないのかもしれない。
 初心忘れるべからず。
 僕は開発者として未熟極まりなくて、学ぶ人はまだまだ多い。そんなことを今日思った。
 給料は上がらなくていいし、地位も上がらなくていいけれど、一生に一度でいいから、本当にいいソフトを育てたいね。ここらへんの考え方も所帯持つこと考えると変わって来るんだろうけど。