More Joel on Software

 Joelの新刊が出た。僕はJoelのファンなので、Webでほとんどのものは目を通しているのだが、活字でもう一回読み直してみるというのも悪くない。何より目が疲れない。

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 コラムのうち、この本が初出(初翻訳)というものは数えるほどにしかない。そのうちのひとつに、Joelの会社の新社屋に関してのものがある。なんでも、すべてのプログラマには個室が与えられているとのことだ。
 すべての個室には窓がふたつ付いているそうだ。擬似的に角部屋を構築しているらしい。
 Joelの要求は「個室であること」以外は、結構こまかい。コンセントの数とか、ケーブルの取り回しとか、ペアプログラミングができることとか。彼はずっと前から「プログラマには個室が与えられるべき」だと言ってきていて、そして実際にそうしてきていて、ここにきてさらに「やれるなら、いい個室を与えるべき」にワンランクアップしたようだ。
 読んでいて、うらやましくならない人がいるだろうか。このコラムを書いた直後、彼のもとに採用面接を求める電話がなだれ込んだのではないだろうか。だって、個室である。窓がふたつついた個室である。割り込みなしの個室である。静寂の個室である。音楽までかけられる個室である。
 だがしかし、僕の職場に個室が導入されることはないだろう。
 僕が経営者だったら、個室は導入しない。
 というのは、個室の導入による生産性の向上が、職場環境への投資額を回収できるかどうかの見込みがないからだ。
 当たり前だけど、東京でオフィスビルを賃貸するのは結構値が張るのだ。1坪で2〜3万円だろうか。本気で全面個室を導入すると、間取りがまず激変する。100人詰め込んでいたスペースに、20人しか置けないようになる。個人ごとの割り当ても増えるし、壁は必要になるし、ドアを開けるスペースが必要になるし、共同スペースが必要になるし。さらに空調やら照明やらの管理コストも増加する。たぶんビルを引っ越すことになる。そのコストは考えたくもない!
 では一方、個室にすることでどれだけ利益になるのか、といったら、これはやってみないとわからないのだ。生産性は上がるはずである。だが、どの程度なのかはやってみないとわからない。
 これじゃ駄目だ。とてもじゃないがGOサインは出せない。
 GOサインが出せる状況というのは、下記の数式が成り立つときだ。
 平均生産性*社員数*個室による生産性上昇率 > 社員数*追加管理費+初期投資額
 これが成立するためには、(1)生産性上昇率をあらかじめ数値化する(無理!)か、(2)とにかく平均生産性が高い、のどちらかが満たされればOKだ。(2)の場合、上昇率が0.1%でも元がとれる。
 Joelの会社の場合、(2)の方針でうまく回っているようだ。彼曰く「最高のプログラマ」だけで構成されているため、社員をどれだけストレスなく仕事に集中させるかには金をかける価値がある。だが凡庸な開発者が集う企業においては、個室はただの夢物語だ。そこに投資する価値はない。
 全員が個室の会社を作るなら、自分で作るしかない。そして投資に見合う社員だけを集めるのだ。そして僕はそこに含まれることはない。そこがとても哀しいけれど、まあそれでも何とか人生は流れていくのである。