髪を切ったこと。

 散髪に行くことにしていた。
 ほんとは社員証用の写真撮影をする前に切るべきだったのだけど、短髪になって僕は僕自身のイメージではないと思っていて、やっぱり中途半端にぼさぼさに伸びたのが僕だろうと思っていて、それで写真を撮り終わった今週末に切ろうと思っていた。で、今週末になった。切りに行こう。
 僕は基本的に床屋に行く。美容室なんかには行かない。まず高くつくし、どうせ髪をセットしてもらっても次の日には元通りだし、そもそも維持するつもりないし、第一にオシャレになっても見せてあげたい人がいないし、相手にこぎれいさを期待されてもめんどくさいだけである。おお、言い訳だらけだ。
 それで今日も床屋に行った。てきとうに入ったことのないところに入った。おばさんがおっちゃんの髪を切っていて、これは美容室の雰囲気ではない。
 「こんにちは」「こんにちは」「10分ぐらいかかるけど、いいかしら」「10分、それぐらいならいいですよ。ここ、おいくらですか」「3500円よ」「(……高いな。まぁいいか)わかりました」
 こんな感じだった。で、席に座って待つことにした。すると
 「あらごめんなさい、ぼっちゃんがいるんだったわ」「?」「ぼっちゃんが先に帰ってしまって、1時間くらい待つことになるのよ」「はぁ、じゃあ後でまた来ます」
 こんな感じになった。察するところ、おっちゃんの息子も連れてきたのだが、息子はあまりの暇さに外に出て行ってしまったようなのだ。きっと家でハンターハンターのネタバレでも読んでいるのだろう。
 3500円って床屋の料金じゃないし、1時間待ってたら友達との集合にカンペキに遅刻するし、見切りをつけてしまっても良かった。むしろつけるべきだった。だけど乗りかかった船という言葉もある。一時間、外で時間を潰すことにした。
 りそな銀行に行ってお金をおろし、本屋に入ってウルトラジャンプサンデーGXを読んだ。期待通りワイルダネスは面白くて、スティール・ボール・ランは風呂敷を広げていた。最近、ハンターハンターの方が荒木飛呂彦より面白くて、個人的にはなんだかしっくりこない。最近の荒木にはギリギリの緊張感が抜けてやしないかな。2部3部ファンとしては結論がパッパと出てくる今のハンターハンターはかなり面白いし、ワイルダネスの命のやりとり感は非常にそそられるものがある。SBRも面白くはあるんだけど、何かがノリきれないんだな。描写力はさすがだな、と思わされるんだけど。
 ついでに電撃大王よつばと!を立ち読みしたあたりで、35分が経っていたので歩いて床屋に戻った。これで45分だ。
 床屋に帰ってみれば、まだまだ待たされるようだった。やたら喋る坊主が短く刈り込まれているのを、備え付けの男塾を読みながら待った。かなり待った。ずいぶん待った。冨樫が一回、飛燕が一回死んだあたりでようやく順番が来た。待っている間、刈られている坊主はずっと喋り続けていた。僕が小学生のころ、あんなに喋っただろうか。いや、床屋では静かだった気がする。でも授業中にはあれくらい喋ったかもしれない。僕の担任だった先生には、今更ながら同情する。
 「刈り上げないで短めに、あとはおまかせ」というアバウトな注文をつける。静かな床屋のなかに、しゃきんしゃきんとメトロノームのように鋏が鳴る。坊主はあれだけ喋っていたのだ、僕も何か喋った方がいいのだろうか。うーむ……なんだか沈黙が痛い……
 そこで、「こんな感じでいいかしら」的な確認をされたときに、「いやーメガネがないと見えないんですよねー」と明るく切り出してみた。これでちょっぴり場が和らいで、以降は軽く話しができるようになった。そうなってみれば僕の頭部というのはネタの宝庫で、右耳が左耳より大きかったり、形が違ったり、耳糞の質が違ったりするし、ツムジが2つあるうえに非対称でこれは相当に珍しいというか初めて見るらしいし、「まぁツムジマガリなだけですよハハハ」「オホホホ」といった笑いあえる空気になったのであった。めでたしめでたし。
 「髪にはなにかつける?」「なんかつけてください」「じゃあなんかつけるわね」
 ムースをつけられた。
 そういうわけで僕としては珍しく、ちょっと髪の毛が「わしわしと(おばさん談)」上に向いた髪形になったのであった。少し落ち着かないので、夜に洗って落としてしまおう。
 僕が集合に1時間半も遅れたのはこういうわけなのである。3500円を払うと、耳掻きや雑談がついてくる。今日の収穫である。


 短髪にしたせいで、顔がサルっぽくなった。日本に秋冬しかなければずっと中途半端なボサボサでいたいのになぁ。そうであればオタクっぽくとも、サルには見えない。