やっぱり山が好き

 山から帰ってきました。
 より詳しく解説するなら、サークルの調査合宿から帰ってきたということになります。調査とは、近郊の公民館などに雑魚寝しつつ朝から日の暮れるまで山に立ち入って等高線だとかヤブの植生だとかを調べて地図を修正する作業のことです。別に山岳に上るわけではありません。夏のこの時期は半袖でも暑いのに、植物のカブレだとか蚊だとかから皮膚を守るために長袖が必要になります。飯は自炊です。朝はカップラーメンで、昼は市販のパンだとか、自分で握った具なしのオニギリです。晩は調理班(男女混成変動制)が作ってくれる主にレトルトの利用した一品おかずと白米です。布団は持参の寝袋です。酒だけは豊富にあったりなくなったりします(みんな飲むから)。だいたいそんな感じです。端的に言えば、理由をつけてサボる人が続出する合宿です。いいところは公民館使用料・交通費がサークル予算から出るため無料になることくらいです。
 ただ、僕が都会の喧騒の中にひきこもっていたころと比べて、現在の調査はかなりハイテク化が進んでおり、なんとGPSを用いて山の中に確定点を作り出してしまっています。信じられません。僕の知っている3年前までの調査は全て自分の足で距離を測っていました。そういえば今の世の中は携帯電話にGPSが入っているらしいです。すごいです。そりゃミサイルも目標に百発百中だわ、といったかんじです。でも、GPSはリュックに内蔵されているため、背負う人の汗を吸い続けて発酵した結果、納豆とクサヤがタッグで便器に潜り込んだような気合十分の悪臭を発しています。刺激臭です。最新の情報機器にも弱点はあるということです。科学でも救えないものはあるのです。きっと十年後に想像だにしない新技術が調査に導入され如何に楽になろうとも、なにがしかの問題は残るでしょう。そうであってほしいと思います。
 僕といえば、GPSの操作方法なんて知らないし、調査技術も3年前を最後に錆付いてしまっているので、調査合宿でやれることなんてまるでなかったです。GPS部隊のしんがりについて「いやー、もう黄昏どきだねー」「黄昏どきってすれ違う人の顔だとか表情だとかがわからないから『たれそかれ』らしいねー」「つまりのっぺらぼうが出てくる時間だねー」「君らの後ろにいる人がのっぺらぼうかもねー  わおぅっ!」とかそんな内容のことをかなり誇張していますがくっちゃべっていました。後輩のS君は僕の仕事をトーク係と言っていました。まぁ、そんなところです。無駄なことしか口に出来ません。ところで本当に日暮れの山は怖いです。足元が見えないからです。おまけにヒグラシが鳴いています。「ひぐらしのなく頃に」というゲームをやったあとなのでまさに恐怖です。でも後輩がビビッたふりなどをしてくれたのであまり怖がらずにすみました。ここでお礼を述べておきたいです。ありがとうございます。
 山に入っていないときは主に寝ていました。とりたてて親しく話す人もいないのですが、和気あいあいとトランプに楽しむ皆さんの輪に飛び込んで大貧民で圧勝したり、ウノの得点制の素晴らしさを説いたりと何か色々と無茶をしていました。ゲームをすると思わず真剣になってしまうのが僕の悪いところで、当然桃鉄でもまったく手を抜きませんでした。一回負けたけど。
 山はいいところです。蚊も藪も斜面も崖もヒグラシも、いろいろあるけれど、やっぱりいいところです。そこには山しかないからです。新聞もテレビもジャンプもネットも友人も好きな人も嫌いな人も親も姉も大学もTOEICもハリポタもありません。僕が公民館に寝そべっている間に、オリンピックで誰かが金メダルを取っていて、誰かが銃弾に倒れていて、どこかのスキー場では草の斜面に聞くもののいない有線を垂れ流しています。友人は寮のルームメイトと険悪なムードになり、別の友人は結婚式を挙げる夢を見、別の友人は京都に行ったそうです。母は腰を痛めたそうです。姉は何も言わずにPCに向かっています。僕は山にいる間、こういったことをまるで想像しませんでした。山があるだけです。山です。それが山のいいところです。近所を走ったり、ジムのランニングマシンを回しても、頭はカラッポになんてなりません。何万の葉っぱと何千の枝と何百の幹と何十の尾根沢に囲まれて、周囲の緑に頭を漬け込んで、そういうのは非常に癒されると思います。説明がしんどいのですが、それが僕がサークルから片足を外しつつも居残っている理由なんだと思います。
 僕がそんなことにぽけーっとしてるからあんまり会話はなかったけれど、いろんな話を聞けた気がします。いろんな話をした気がします。お世話になりました。たどたどしい上級生でごめんなさい。



 さて、その山から戻ってきた。明日から何をしようかな。