【今日のケニヤ】

日常のちょっとした動作にその人らしさがあると思う。


例えば定期券(Suica)の扱い方だ。
ある人は定期券入れに入れるし、
ある人は財布に入れる。
ある人はポケットにしまうし、
ある人はカバンにしまう。
ある人はそもそもSuicaにせずに古いタイプを使い続ける。
ある人は改札機の読み取り面に叩きつけるし、
ある人は読み取り面とはギリギリのところで接触させない。
僕は読み取り面に軽く放り投げて、音とともに回収する。


昔、ファミ通で「おとなのしくみ」という漫画が連載されていたのだが、
これが、とあるアンケートをファミ通編集部内で実施した。


「トイレでの尻の拭き方」である。
おおまかに分けて三つの方法があったように記憶している。


①、尻全体を持ち上げてやや後方から拭く
②、尻の右方を持ち上げて右から拭く (左利きの場合、左から)
③、股の間から手を入れて前方から拭く


ちなみに僕は③である。この漫画を読んでからは、たまに②もやる。


トイレットペーパーの使い方も種種様々である。
僕は二つ折りにして厚みを増さないと使えない人なのだが、
世の中には一重のまま尻を拭いてしまう人もいるらしい。
浸透とかしないのか?破れたらどうするんだ?


とにかく僕が言いたいことは、
人は自ら方法を発見する、ということだ。
自分のバックグラウンドから自分らしい方法を作り出すのだ。


しかし待てよ、
Suicaはタッチしないで認証されそこなうと周りに迷惑だし、
トイレットペーパーは断固二つ折りにすべきではないか?


自分らしい方法が正しいとは言えないのではないか?


僕らは自らの行為に批判的な距離を置いて
見つめなおすべきなのではないか。
カントの啓蒙思想ではそう言ってる。


以上のようなことを僕は昨日の日本経済論の講義中に考えていた。
そうだ、僕は自分を矯正せねばならん!


そういうわけでその場でできること――鉛筆の持ち方を変えてみた。


鉛筆の一般的な持ち方は
「親指、人差し指、中指で軸を挟み込み、
 中指第一関節の側面にて負荷を支える。
 挟むべき箇所は先端傾斜部分のやや上方が好ましく、
 字の右手前側に手を配置すべきである。」
とかだろう。たぶん。


僕は中指爪の側面で軸を支えている。
これをなんとなく直してみようと思ったのである。


しかしその部分はタコになっていない。実に痛い。
金属のシャーペンを使っているから、なおさら痛い。


ゴムラバーのボールペンならいざ知らず、
小学生に木の鉛筆を持たせたら、
この痛さが嫌で勉強嫌いにならないだろうか?


そこで、僕はそうかと膝を打ったのであった。


なにを隠そう、僕は高校を卒業するまで
鉛筆を薬指をくわえた四本の指で持っていたのだ。


この方式の利点はその圧倒的グリップ力により
細かい作業を精密に長時間行うことができることであり、
何より一本一本への圧力を減らすことで指を痛めない!


しかし、欠点もある。


実際に持ってみて欲しい。
パソコンの近くに鉛筆ありますか?シャーペンでもいいです。
さぁ、四本指で持って持って。


持った?
よし。


鉛筆を45度の角度で傾けて実際に字を書いてみようとする。
すると、その不安定さに気付くだろう。


4本指で鉛筆を握ると、薬指に小指もくっついてきて、
実質五本指で握ることになる。
そして、ああなんてことだ!
右手が地面から完全に浮いてしまうのである!


三本指打法においては、右手の浮きは僅かなもので、
ちょっと書くのに疲れたときは気軽に右手をノートに接地できる。
ところが、四本指の場合は小指が薬指にくっつくことにより、
接地に「よっこらせ」という気合が必要になってしまうのだ。


この欠点は6歳当時のケニヤにもわかっていたようで、
幼き僕はコレに対してこのような解決策を編み出していた。


「持つ箇所を下に下げればいいじゃない」


つまり鉛筆でいえば、削った箇所を持つのである。
シャーペンで言えば芯を出す金属キャップの部分だ。
はい試してみてください。


試してみた?
そう、これなら筆休めも楽チンに移行できる。
凄いぞ昔の僕。
問題点はペン先の動きがこまごまとしていて、
広範囲の線を一度に引けないくらいである。
文字を書く上では困らない。
特許を取るべきかのような鮮やかな解決法だった。


しかし中高に入って、僕は巨大な敵と出会うことになる。
それは異形のシャープペンシルであった。
その名もDr.グリップ!


あの糞ぶっとい軸が特徴のシャープペンシルである。
人間工学という科学の名の下に行われた暴挙といわざるを得ない。
20世紀末の退廃的空気が生み出した怪物。


僕は変なもの好きであるから、一も二もなくこれに飛びついた。
クリアカラーというのも(いささか子供っぽいが)気に入った。


だがしかし、僕の持ち方は四本指なのであった。
持つべき箇所はラバー部分ではなく、
その下の金属キャップ部分なのであった。


事ここに至って、ケニヤ少年はついに悟る。
当時の彼にインタビューしてみよう。

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――どうでしたか、Dr.グリップの使い心地は?


ケニヤ:いやぁ、最悪でしたねぇ(笑)
    ラバーグリップと金属キャップにかなりの段差があるんですけどね、
    そこを指で持つもんだから、食い込んで痛いんですよ。
    タコできましたよ(笑)


――でも人間工学的には疲れにくい設計なんですよね。


ケニヤ:つまりですね、僕の持ち方は想定されてないんです。
    僕の鉛筆の持ち方はかなりマイナーであるらしいんです。
    グリップのメーカーに言わせれば非人間的だと。


――突然いじけますね。暗いですね。やーい根暗ー。


ケニヤ:なんだと。

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しかし中高のときの僕はガッツがあった。
僕は四本指の持ち方に固持しつづける。


しかし、そんな僕も大学に入って、
さらに衝撃的なシャーペンに出会うことになる。


それはぺんてるの出している、
GRAPHLET という製図用シャーペンであった。
http://www.sezax-dp.gr.jp/telesiteolcgi/ts.cgi?tsurl=0-0.47.PG1003.0.0
だいたいこんな感じのペン先をしている。


……そう、段々畑のようになっているのだ。
このペン先を握ったらメッチャ痛いのだ!


18歳のケニヤは現実の前に叩きのめされたのだ。
お前の握り方は異常だ!ぺんてるはそんなの認めん!と。


僕はいい加減、三本指の圧力に屈することに決めた。
頑張って頑張って、三本指に慣れた。
苦行の日々だった。
文字はミミズがのたうちまわったようにねじくれ、
スピードは格段に落ちた。


かくして僕は大学から三本指デビューを果たしたのだが、
それでも問題点があった。


そう、僕は無意識のうちに中指第一関節受けを避けたのである!
僕は中指爪部分の側面で軸を受けているが、
これは四本指で受ける部分と非常に近い。
四本指打法の遺産(タコ)を利用したのである。


しかし、それではやはり歪んだ持ち方に他ならない。
実際の正しい持ち方に比べて、筆休みの際の効率で劣っている。
そういうことに昨日の授業中に気付いてしまったのだ!


その瞬間の驚きはあまりに大きく、
僕はぐるりと教室内を見渡してしまった。
この偉大なる発見を盗み見てしまった奴がいないかと確認するように。
最高の気分だった――僕は叫びだしたい衝動を堪えるのに必死だった。
ゴメン嘘。大げさ。まぎらわしい。


最近ただ単に講義を受けるのもダレてきたし、
暇つぶしにゃ悪くない。
来年の四月までに理想の持ち方に慣れるといいんだけど。



※この話は、変な持ち方をしている人を
 バッシングするものではありません。
 四本指には四本指のよさがあるし、
 奥に手を配置して手前の文字を書く友人を
 奇異の目で見つめるものでもありません。
 (文字を手で引きずるからノートが汚れないのかな?汚れてるよね。)


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