ビックカメラとの戦いのこと 僕はいかにして負け犬となったか

 実はここ数日の僕は負け犬であった。家に帰るたびに「おれぁ負け犬だー!」と叫んでいた。
 二日前、姉のイヤホンをビックカメラ池袋東口店に買いに行った。sonyシリコンオーディオが欲しかった。財布に金が足りなかった。……スゴスゴと家に帰った。負け犬一匹目。
 昨日、母のCDラジカセを求めて同店に足を運んだ。延々と探して、CDラジカセを買った。姉のイヤホンがあまりにも良かったので、そのメーカーの高級ヘッドホンでも買っちゃろうと視聴コーナーに立ち寄った。……半壊していて、左からしか音が出なかった。腹いせに、sonyシリコンオーディオを買おうと思った。……目当ての機種の目当ての色は売り切れていた。……池袋のどの店でも売切れていた。負け犬二匹目。
 今日。腹を決めた。
 まずヘッドホン。AKGのK501! 視聴できなくても、試着はできた。装着感は悪くない、良くもないけど悪くなかった。買っちゃる、後悔は買った後にすればいい! 目に見えるぜ、家に帰ってクラシックを自己陶酔の世界に引きこもって聞き続ける俺の満足げな表情が!
 次にシリコンオーディオビックカメラは「ポータブルオーディオは学生証で2,000円引き」というわけのわからないキャンペーンをやっている。廉価機種でいい、今のうちに買ってしまうんだ! 想像してごらんよ、有機ELのディスプレイを暗がりで見つめてニタニタと笑う23歳のダメ人間の姿を!
 実に愉快な未来図を描いて、僕は家を飛び出した。池袋近くに住む友人を朝から電話でたたき起こし、ビックカメラ前に11時に来てくれるように頼んだ。そして僕はそれに先んじること10時半、ビックカメラに到着したのだ。
 最初に買うべきはヘッドホンである。この散財は僕のノリのようなもので、あとから考えれば「なんでヘッドホンに二万円も……」と後悔する可能性が高い。できれば買ったことはあまり周辺に知られたくはない。だから友達に会うまでには買ってしまってカバンのなかに入れてしまいたい。
 さっそくヘッドホンコーナーに向かう。実習生という黄色の腕章をつけた新人に声をかけ、目当てのヘッドホンに在庫があるかどうか確認を頼むと、「少々お待ちください」「はあ」……3分経過……「あの」「はい」「少々って…どれくらい?」「はあ、10分くらいですか」「はあ」……15分経過……やっとヘッドホン担当があらわれる。「これの在庫なんですけど」「はい、調べて参ります」「(さすがプロの言葉使いだ)」……3分経過……「(前略)ありません」「そうですか(草々)」
 負け犬だ。このままでは負け犬だー!
 クソッ、だがしかし、俺には2,000円割引のSONYのNW407ミッドナイトブラック1GBがある! まったく、こんな売れ筋商品を2,000円引きだなんて、ビックカメラもやりすぎだぜ、ありえないぜ、なんか間違いをしてるかのようにおかしいくらいに親切だぜ! そうだ、まだ試合は終わっちゃいない! 
 僕は全身の決意を込めて振り返った。天井付近に、ビックカメラのキャンペーンが貼ってある。「MDコンポ・ポータブルMDが学割で2,000円引き!」と。
 ……他の階と表示が違うぞオイ。ポータブルオーディオってMD限定かよ!
 しょんぼりしながら、ほぼ定価の製品を買った。友達に連絡しなければならなかったが、携帯の電池がきれそうだった。とりあえず家に電話をかけてみたが、既に出ていたあとのようだった。
 そのあと、やってきた友人T君に頭を下げ、Yシャツ買いに行ったりジュンク堂行ったりした。そして別れた。
 僕の今日の午前は、こうして一敗・一引分けになったのだ。
 だが、僕はまだ敗北宣言を出さない。まだ逆転の目は残されていた。
 目当ての高級ヘッドホン、たしかに池袋店にはないようだった。池袋のビックカメラ全てにないようだった。しかし、有楽町にはあると、担当はたしかにそう言った。
 僕はポケットから印刷物を取り出した。サウンドハウスという、ヘッドホン安売り店*1のページをプリントアウトしたものだ。ここなら実店舗もある。この安値を盾に、「他店より1円でも高かったらご相談ください」とかうるさい放送を流していることを後悔させてやる。値引き交渉だ。ディスカウントネゴシエーションだ。マスター・キートンジョジョで交渉のなんたるかを知った僕をなめてもらっては困る。今の俺ならドネルケバブを150円まで値切れるはずだ。人質交渉も冷静にやりぬけるはずだ。打倒・有楽町店!
 ビックカメラとの値段交渉のキモは、なんといっても電話にある。売り場の主任が現れて、相手店に電話をかける。相手がネットショップなどである場合はダメだ。電話をかけられる店でないと、「私達とは商売の仕方が違いますので……」とかよくわからない理屈で逃げられてしまう。だが、このサウンドハウスはたしか実店があるところだ。ネット通販もやっているというだけだ。それならビックと同じだ。勝てる、この勝負勝てるぞ。
 僕が有楽町線に乗り込んで、第二ラウンドのゴングが高らかに鳴り響いたのだ。ヘッドホンコーナーに飛びついて、実習生を捕まえて、主任に確認に行かせるのだ!「さあっ! この店のようにK501を19800円にするのだああああッ!」




「この店、日曜日は営業してないみたいですね。値段確認ができませんでした」


 ……こうして僕は完全な負け犬となって家に帰ったのであった。あー、NW407サイコー。さすが定価で買っただけはあるぜ。 

*1:正確にはヘッドホンはむしろオマケの楽器店である