空転スパイラル

 日はまた昇り、春夏秋冬は巡り、歴史は繰り返すなら、僕が足踏みを続けるのもまた不思議なことではない。
 実名検索にヘコみつつも健気に学校に行ったんですが、ペットボトルのフタが緩んでいたらしく、ポロリ外れてバッグ茶浸し、生成りトートバックの緑茶染め一丁あがりというトコトン冴えない一日でした。家に帰ってから漂白剤でゴシゴシ洗ってると泣きたくなってくる。
 一体僕が何をしたというのだ。ただ単に迂闊だっただけではないか。迂闊な男の何が悪いというのだ。しかし、どうも現代社会という世界で迂闊でいることは、まさに生死を分かつ致命的な欠陥であるらしい。それはあまりにも重大すぎる問題だ。なんせ僕は「一番似ている有名人って誰?」と聞かれたら「野比のび太」と答えることにしているのだ。いいじゃない、迂闊でも。いいじゃない、欲望に弱くて自分勝手で成績が悪くて近視で眼鏡でオシャレでなくて何処でも直に寝てしまうのが特技でもいいじゃない。でも僕は早撃ちとあやとりの両方が苦手だからのび太以下だな。映画のび太のように勇敢でもない。
 まぁいいや、いいのです。別にどーでもいいのです。これからもここ数ヶ月のように脱力した日記を書いていくだけなのです。たしか昔もそんなことを書いたような気がします。またいつか似たようなことを書くでしょう。ああ、これが循環的時間。僕はまるで進歩していない。螺旋階段みたいに、少しは上に行ければいいのだけれども。