ひとりの効用

 ひとりで昼飯を待つことは楽しい。抑え目の音楽に耳を澄ましながら、店内のインテリアや店主の準備をながめることができるから。
 ひとりで昼飯を食べるのは楽しい。目をつぶって、らっきょうの幼芽の柔らかさを歯が潰していくことを感じることができるから。
 ひとりで昼飯を食べ終わることは楽しい。食後のコーヒーの古びた本を思い起こさせる香りを全身に染み渡らせることができるから。
 ひとりで昼飯のあとをすごすことは楽しい。身体が感じた余韻にひたることができるから。


 ひとりで帰ることは楽しい。革靴の響きに気づけるから。
 ひとりで帰ることは楽しい。月を見上げることができるから。
 ひとりで帰ることは楽しい。横断橋の上の街頭の下、雨のかわりに蛍光灯を遮って、意味もなく雨傘を広げて歩いたりすることができるから。


 僕はひとりが好きだ。大学のサークルも個人競技だったし、日記もひとりでつけるものだし、音楽はヘッドホンで聞くし、企業も個人作業の色が強いところを選んだ。
 でも、「ほんとにずっとひとりでいいの?」といわれると、よくわからない。きっとさみしくて死んでしまうと思う。なんだろう、他人というものは小学生にとっての野菜みたいなものなのだろうか。好きじゃないけど、摂らないとまずいもので。いつか、好き嫌いが治るといいね。