西日本旅行記2005初春 その1 五日目〜六日目

五日目 2005年3月22日 松山

  • 特になし

 旅メンバーの1人が朝から関東に向けて去ってしまい、かわりにもうひとりが合流した。急遽去ってしまった彼は、四月から入る院を決めかねて3月22日までズルズルと決定を引き延ばしていたそうだ。面白い人だ。「彼と友達でいるのは楽しいけど、彼の親にだけはなりたくない」とかなんとか、誰かがそんな言葉が出していた。同感。
 22日は四国最高峰の石鎚山に登るはずだったのだけれど、あいにくの雨だったし、前日の強歩大会で全員の足はボロボロだった。当然、中止である。せっかく今日から合流した人には悪いけど、松山で何もせずに骨休めをすることになった。
 それで松山城に行ったら、天守閣が工事中だった。
 それで温泉に入ったのだが、なんというかほんとフツーの温泉だった。
 宿でカード麻雀などをしつつ、寝た。
 一体この日はなんだったのだ……?
曇りだからこそ、雲が映える。しかし観光地で曇り空を楽しんでどうするのだ。
やることがないので鳥を撮る。
 そういえば、温泉に入る前にコインランドリーで下着類やシャツを洗濯することにしていた。それで宿のカウンターで聞いた場所が商店街から外れて寂れた裏通りにあって、そこを通ったついでで、目に付いた店で晩飯をとることにしたのだ。外にあるメニューは「おまかせ定食600円」だけで、店の名前も何もかも不明。僕らのグループは迷い出すときりがないので、さっさと入り込んでしまう。
 入ったら、おっさんが明らかに「ここ俺の馴染みだもんね」といった風情で、まさに「わし、おっちゃんだもんね」といった風情で、おつまみを食い散らかして酒を飲んでいた。ガラガラと玄関をあけた店の中、雑然としたキッチンと座敷のみ。中にいるのはおばちゃんとおっちゃんのみ。一瞬、全員無言。「あらあらあら、いやね、この店、見ての通りお客さんがくるような店じゃないから……」とかおばちゃんが口にして(お客さんが来ない店って言い回しが妙に記憶に残っている)、そいで主人が出かけているらしく、料理開始までしばらく座敷に座って待つことになった。テレビが流れているのが救いだった。こういうぎこちない空間では無音こそが敵だ。
 おばちゃんが持ってきたミカン、愛媛といったらミカン、そんなミカンをむしゃむしゃと平らげつつ、待つこと数十分、ついにおまかせ定食がやってきた。この頃にはミカン効果か、だいぶくつろいでいる僕たち。さて、気になるおまかせ定食とは!

  1. だいこんの煮付け!
  2. しゃけ!
  3. みそしる!
  4. つけもの!
  5. 白いごはん!
  6. ミカンも残ってるよ!

 
 わー、おふくろの味だー。
 大根が何日煮込んだんですかコレという具合に味が染みきっていて、もしかしたら好き嫌いが分かれるのかもしれないけど、これがほんとに美味かった。変な食い物屋を見つけたら飛び込んでみると、時にはこういう美味さにばったりと出くわすのかもしれない。
 ただまあ、あの店としてはあんま観光客に来て欲しくはないでしょうね。常連客だけで成り立ってる小さな居酒屋が正しい姿なのでしょう。

六日目 2005年3月23日 松山→広島→大阪

  • 宮島 :この島が意外と広い。

 早朝のバスに乗り損ねたものの、電車を乗り継いで無事にフェリーに乗って広島へ。フェリー上でトランプや麻雀に明け暮れる。
 広島港から市電に乗って宮島港まで移動。市電だからスピードも出ない上に駅も多く、タイムロスが激しい。昼飯に時間をかけてしまったこともあって、宮島に付いた頃には午後2時をまわっていた。
 宮島のフェリー乗り場を降りると、鹿が出迎えてくれる。これが人懐っこい鹿で、人を見ると自分から近づいてくる。とりあえずみんなデジカメを構えて写真をとってしまう。誰でも撮る。異人さんだって撮る。僕だって撮る。
 宮島の海岸線を厳島神社に向けて歩く。時刻は2時過ぎ、干潮は3時前だから、ほぼ干潮といって差し支えない。波打ち際は砂浜を空気にさらしており、満潮時に波下に沈む建造物は身につけた緑の衣を見せてくれる。そんな道を歩いていけば、大鳥居からも潮が引いていた。海に沈む社を見たかったけれど、計画が甘かった。スケジュールを全く組まずにぶっつけで来たのは失敗失敗大失敗、痛恨のミスである。
 鹿は島中いたるところにいて、日向に寝そべっていたり、向こうから近づいてきたりする。それで喜んでカメラを構えてしまうのだけど、彼らは人のポケットの中に舌をつっこんできたりする。なにやってんだろうと油断してそのまま放っておくと、ポケットの中の紙類――例えば、松山城の入場チケットの半券だとか――をムシャムシャと食べられてしまったりする。帰りのフェリーのチケットもだ。鹿はJRフェリーの回し者でもあった。
 いまいち風情にかける厳島神社を見て回って、他人の描いた絵馬で笑い転げるなどの後で思い出すと3時間は落ち込める下品な行いなどをしてまわって、高台などに登り、休み、アイスを食い、午後4時半。宮島をあとにする。ほんとうは満潮の午後8時まで居たかったのだが……。
 原爆ドームである。広島といえば原爆ドーム平和記念公園なのだ。ここを日の出ているうちに一度は目にしておかなければ、日本人としての自覚に欠けるのではないかというよくわからない強迫観念を世間に押し広げている原爆ドームである。午後5時50分、日暮れを迎える原爆ドームにたどり着く。
 なんとも写真映りの良い建造物だよなぁ、とかなんとか、そんなズレた感想を僕は感じてしまったが、修正する時間もなく資料館に向かって移動する。資料館は午後六時に閉館だった。
 まったく、旅は計画がなけりゃ駄目だ!
フェリーにカモメが飛んでくる。そこを撮る。
 かわいい顔して、やることはエゲツない。
 あまり見ることのない、横からの大鳥居。作業用レイバーみたいだといって、どれだけの人が同感と言ってくれるだろうか。
 大鳥居の表面。フジツボって、藤壺と変換するらしい。風流。