髪切った

 ダーツがまるで入らない。入らないと、誰かのせいにしたくなる。どう考えても自分の責任なので、自分のどこかのせいにしたくなる。さいわいなことに難癖つける部分には事欠いたことがないが、今回はボサボサに伸びた髪の毛のせいにしてしまうことにした。
 ダーツが入らないのは、髪の毛で頭が重いせいだ。そうに違いない。
 そういうわけで、髪の毛を切りに床屋に行くことにした。使用期限が1月31日までのクーポンがあって、それを片手に「ヘアサロン オリーブ」を訪ねていく。そこは今年にできたばかりの床屋なのだ。
 サロン、と白々しく書いてあるが、要するに床屋だ。サロンとかいうとおフランスの芸術家どもが現代美術を固守すべく異端を弾圧しているイメージがあるが、要するに床屋なのだ。サロンという名前をつければいいというものではない。それにどーせフランスに行けばサロンなんてイギリスで言うパブ、定食屋なり居酒屋にすぎないのでしょう? 「サロン白木屋」とか「サロントンカツ・おそめ」とかそんなのが並んでいるのでございましょう? なら床屋にサロンとか使うなという話ですよ。
 そんなことを考えながら入った「ヘアサロン オリーブ」は、妙に内装が広かった。5つしか席がないくせに、下手な教室より大きい。そして客が少ない。2人しか居ない。僕ともう1人だけ。普通、床屋って待ち時間あるよ。いくら月曜の昼三時半でも、待ち時間があるものだよ。開店一ヶ月でこんなんでいいのか「ヘアサロン オリーブ」よ。
 なにはともあれ席についてモゴモゴと「まぁ、テキトーに」といった内容を伝えると、トイレから出てきたおっちゃんはモゴモゴと「まぁ、テキトーに」と1人で納得してくれた。そして無言。こっちも話しかけないし、あっちも話しかけない。店内に音楽なし。無言。沈黙。これで僕が成長期だったら骨の伸びる音が聞こえちゃうぜというくらいの静けさ。その場に芭蕉がいないのが残念だった。
 散髪開始から3分後、おっちゃんは自分の指を切った。おっちゃんは絆創膏を探していたが、どうも見つからなかったらしく、おばちゃんとどこにやったか相談していた。
 「ヘアサロン オリーブ」、色々と驚かされる床屋であった。